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2011年08月03日

貧乏なこころ

ここ数日間、山にテントを張りっ放しで、気が向いたらテントに行って寝ていた。夕べも知り合いになったばかりのAさん夫妻と驚くほどに楽しい時間を過ごさせて頂き、その後テントで寝ようと向かったのが23:30頃。草の生い茂る道をかき分け行くと、「あれーっ、無い!テントが無ーいっ!」。

そうなんです、テントと中に置いてあったもの一色全部盗まれちゃった。テントには、マット類、シュラフ、焚き火台があったんだけれど、全部綺麗になくなっていて、もぬけの殻とはまさにこのことか。あ、いや、もぬけの殻とは殻が残って中身が綺麗さっぱり無くなっている状態を云うけれど、今回は殻ごと無くなってしまったから、日本語としては正しくないか、(笑)

ま、そんなもんで夕べは気持ちが滅入ってしまい、その場でキャンカーに寝る気にもなれず帰宅。

今日の昼間、改めて現地に向かい明るい中でその付近を良く見てみたんだけれど、ペグの1本すら残さず綺麗に抜かれていることから、きっとテントに慣れたひとの仕業だろうなと推測。唯一、フライヤーの入り口を開けた時に止めるのに使っていた洗濯バサミが、草むらの中にころりんって落ちていた。それを拾い上げ手にした時、悲しい気持ちが手の平から全身に沁みわたるのを感じた。

物を奪われたことへの憤りや悲しみは然程ないんだけれど、もやもやしたものが夕べからずっと胸の中に沈殿していて、この気持ちは一体何なんだろうって今日もずっと考えていた。





インディアンは物を分け与え暮らす。所有するうという概念が希薄なひとたちと聞く。だから、身の周りの持ち物、つまり財産は少なく貧乏であるが、こころは豊かである。それは、宇宙を含めた自然から全てを分けて頂き、分かち合い生かされていることを知っているからだ。

テントは、俺にしてみりゃ家なんだ。普通のひとたちがキャンプ場で遊ぶのに使うのとは少し違う意味合いを持つもの。それを盗み手にしたひとたち(複数の影を肌が感じる)は、物を手にしたことだけを喜べるひとたちなんだろうか。その貧乏なこころで生きているひとたちを想い、こころがもやもやしているんだろうなって、さっきやっと理解することが出来たようだ。





俺はもうテントは買わない。焚き火台も買わない。どちらも高価で買えないというのもあるけれど、無くても過ごせる。ちょっと不便にはなるけれど、不便になるだけのことだ。身の周りに不便を置いた分、こころは何かを見つけるものだ。それで良しとしよう。



Go simple & deep.






これがテント最後の写真になるなんて思わなかったなぁ。
別れってもなぁ、いつも突然やって来るなぁ。
いつ別れが訪れてもいいような生き方をこれからもして行こう。


Posted by 放浪太郎 at 18:54│Comments(3)
この記事へのコメント
こんち~

ひょえーっ@@!

なななななんで?酷いよねーっ!

わーーーーん(T▽T)ショック!大ショック!



まぢ心びんぼーな人の仕業・・・そんなことって・・・。

気をつけようがないじゃん・・・警察は?届け出さないの?


くっそ~・・・見つけたら、セイバイしてやるっ!!ぷんぷん!

太郎さん・・・お察し致します(涙))))))
Posted by かっしー&みえちゃん at 2011年08月04日 14:29
■ かっしー&みえちゃん

あはは、ありがとー、とってもみえちゃんらしい、(笑)

俺も昔なら、血眼で探しまわってボッコボコ半殺しにしてやる、そんな奴だったんですが最近少し変わったらしく、まぁ、これを「塞翁が馬」として捉えておりますです、ハイ(笑)

でも、セイバイはみえちゃんに是非お願いしたいと思います、(爆)
Posted by 放浪太郎放浪太郎 at 2011年08月04日 17:38
身の周りに不便を置いた分、こころは何かを見つけるものだ。

いつ別れが訪れてもいいような生き方をこれからもして行こう。

ここに至るまでの心境・・・詩人ですね。
盗人共に腹も立ち、こういう輩がまだいる現実を「塞翁が馬」と認める放浪太郎の姿勢に、ブルースを感じます。
Posted by 夜更かし中年隊夜更かし中年隊 at 2011年08月15日 12:23
 
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