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2012年02月21日

バイタリティから考えた

24年間勤めた某大企業を退職した際、多くの方々から激励のメールを頂いた。その中で届いた共通の言葉がある。それは俺のことを「バイタリティに溢れる人」と名指す言葉だった。バイタリティとは何だ?

ひとは四次元に拡がる生き物だと思う。

平面的に拡がりをもつひと、これは二次元に生きるひとだ。平面とは、知識であったり、お金であったり、物であったり、肩書きであったり、そういうものだ。

その平面に奥ゆかしさを持つひと、これが三次元に生きるひとだ。二次元のひとの拡がりは儚いが、三次元のひとには味わいがある。善くも悪しくも味なのだ。味の是非ではなく、味があるかどうかということがその世界の骨格であり、平面に奥行きを与えたものが三次元だ。その奥行きを日本人は「奥ゆかしさ」という音で表現することを許されている。英語は二次元の言語だが、日本語は三次元から四次元へ向かう言葉。その奥行きの力は言霊とも言われる。

ひとはすぐ物事の善し悪しを頭で理解しようとするが、この思考は平面的だ。ひとにはひとぞれぞれの想いがあり、それはそれでどれも他人が否定すべきものではない。そのひとがそのひとの責任の中でやれば良いだけのこと。自分の価値観をひとに押し付けることほど己の人格を落とすことはない。その押し付けは負の連鎖の起点となり、不如意な闇を蔓延させ、そして闇は病みとなる。

現代社会は、病みにまみれている。そしてその治癒は、その病に陥った道筋を逆に辿れば良い。つまり、己が己の責任で生きることだ。それが、自己治癒へとつながる。己が己の責任で生きられないことを社会の仕組み(それは政治であったり時に会社であったりもするし、その結果が経済なのだが)のせいにするひとが多くいるが、それは己の枠を既に自分の中で小さく決めているからだ。このような他責にするという行為、つまり相手の欠点を突くことによる自己の正当化により自分の狭い立ち位置を作り、安っぽい砂上の楼閣のごとき安心を作り出し、あたかも自分は安心なのだと自分自身を錯覚させ、そのひとの奥行きの創造を停止させる。政治や会社の欠点を突いてはそういう自分に安心し、結果として自分も自分の暮らしも実は何も変わらず、身の回りを知らず知らずのうちに否定的な負の波動の鎧で包み、そして病んで行く。そもそも欠点のないひとはいないように、欠点のない社会も企業もないのだ。あって当たり前の欠点を突いて何になるのだろう。愚かだ。そういう人種は自分の欠点を突かれた時の痛み、憤り、悲しみを思い出すが良い。否定的な波動から創造は生まれない。肯定的な想像から創造は始まるのだ。否定から入る場合ですら、それは肯定的な未来を描くための否定であるはずであり、その波動そのものは正の渦を巻いている。ちなみに正の波動とは、中心に向かう右回りの渦巻きのことである。

創造とはある意味自己との闘いだ。しかし闘いを前面に出した創造は俺は嫌だ。闘いは己の中、つまり創造の過程にあるものであり、ひとの目に触れる時には無関係なものでありたい。創作から生まれた作品は、気楽に好き勝手に見て頂き、感じて貰うのが一番いい。作品は人前に出した瞬間から自分のものではなくなる、それがいいのだ。芸術なんてもなぁ、その辺に転がっているものなんだ。そこに落ちていたものに気づくか気づかないかだけの差であり、大したもんじゃあねぇ。芸術家風のひとがが芸術家ぶるから、芸術が遠くなるのであって、本来暮らしそのものが芸術だったのだ。縄文土器の芸術性や、土偶や石像の芸術性は当時の暮らしそのものであったに違いない。芸術家ぶらないと自分の立ち位置を守れない芸術家なんてもなぁ、粕だ、悪だ、権力社会の歪そのものだ。創作や芸術というものはごく自然なことで、自然とは当たり前、あるがままの状態を言い、それは古代の暮らしそのものであり、だからそこ創作は神聖なものと位置づけたい。

己が己の意思と責任で生きるひとりひとりの闘いの集約が社会であれば、その社会の病みは薄まり、その代り笑顔が拡がることだろう。勿論、病も怪我も死もあるにはあるが、それは当たり前の量であり、現代社会に蔓延する異常な量ではない。その程度のことは何れ笑顔の波動が包み込み痛みを安らげてくれる優しい世界になるだろう。そしてここで言う社会は、大きく捉える必要はない。自分の足元から創ればいいのだ。その話は後ほど触れることにして、ここでバイタリティに視点を戻そう。

バイタリティとは平面的な拡がり、つまり知識や、お金や、物や、肩書きとは無関係ということだ。一方で、奥行きとの関わりは深い。そして、バイタリティが可視化されたものが創作物であろう。ひとは俺の写真、画、歌などを見聞きし「多才だ」、つまりバイタリィティがあるという。それは大変有難いしとても嬉しいが、それはバイタリティの真理ではない。

話は三次元の次、四次元に移る。四次元とは何だろうか。詳しいことは知らないが、今三次元人である自分が課題と感じているものを解き放った時、それが次の次元なのだと感じるからそれをそのまま書くと、それは時間からの解放だ。ここ数年、時間とは一体何なんだということをいつも考えて来た。そして描いた画がこれだ。





サラリーマンを辞めた時、俺は本当の意味で三次元人になった。つまり、二次元に引き留めようとする引力であるお金や肩書きを笑顔で手放したのだ。そして、三次元人になった途端に四次元の風を身近に感じることが急激に増えたのも事実。ひとの意思と、それに裏打ちされたごく自然であるがままの行動だけでこんなに変わるものなのかと、自分自身が一番驚いている。そのような今、俺は多分3.5次元に生かされている。これは、そんな中で俺が描いた過去・現在・未来。





俺は子供の頃から現在に至るまで、時々「突拍子もない行動をする」と言われていた。自分ではそういうつもりはなく、自分が強くやりたいと思ったことを普通にやったら、それが突拍子もないことだったらしい。そういう俺をいぶかしく思うひとも居ただろうし、事実会社の中にも居たと感じている。しかし、そんなことは自分には最初から全く関係の無いこと。「そんなこと気にするなんて、くっだらねぇ。ばっかじゃねーの」と口にしてみたりもしたし、そう見られていることが全く気にならなかったかと言えばそれは嘘になる。でも、そんなものは所詮塵のようなものであり、掃き捨て燃やしてしまえばいい。

そしてその突拍子もない行動の裏にあった「想い」、これが今の自分を形成していることは確かだ。多才などと言うことは全くなく、自分が真っ直ぐにぶつかり経験して来たことがそういうものを形創っているだけのことだ。

「あなたは多才だから」と言う時、その言葉は「だからあなたには出来て自分には出来ない」という逃げの言葉に聞こえる。その言葉を口にした瞬間に自分の可能性を閉ざしている自分に気づくべきだ。何を始めるにも遅いということは決してない。やっていけないこともない。やりたいならやればいい。「やりたいけど出来ない」というのは、「やりたい振りをしているだけで本当はやりたくないのだ」という己を知るべきだ。皆がやりたいことをやり、ひとも自分も肯定して生きることは笑顔にまっすぐに繋がる。そういう社会を創りたい。





ここで、先に述べた自分の足元から社会を創るということを話したいと思う。実は遠くない将来、株式会社を立ち上げたいと考えているのだが、会社を創るとそこに枠が出来る。これには十分に気をつけなくてはならない。先に話したように枠が自分の限界を規定し、可能性を閉ざすからだ。自分が志向する方向で枠に囚われない会社を創ろうと思っている。そしてその会社を根として、日本中に笑顔の花を咲かせるのだ。今夜はその第一回目の経営者会議。そう言うと堅いが、実際のところは「夢を具体的に画に描いてみよう」という感じの場。実に楽しみだ。

そして、これからの道を切り拓く俺の「三種の神器」がこれだ。
「剣」は写真、「勾玉」は言霊、「鏡」は仲間。





photo by Chama-works
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Posted by 放浪太郎 at 17:33│Comments(4)
この記事へのコメント
・Chama♪さん
>知らずのうちに否定的な負の波動の鎧で包み

>本来暮らしそのものが芸術だったのだ。

>己が己の意思と責任で生きるひとりひとりの闘いの集約が社会であれば
社会の病みは薄まり

>四次元の風を身近に感じることが急激に増えた

>枠に囚われない会社を創ろう…
 「剣」は写真、「勾玉」は言霊、「鏡」は仲間

…なかなか深くなっていきますね

思考するというコトは
こころを撹拌して その清んでくるところを
じっと 眺めているようなところがあります
永年 こころを溜めてある桶には 
味わいのある麹菌も 宿っていることでしょうし
Posted by Kiara まつむらあきら at 2012年02月23日 16:33
■ Kiaraさん
Kiaraさんの書きものを読む時にはエネルギーを使います
感じ取ることに集中するためのエネルギーです
一方でお返事をするのにも己を張りつめさせます
思考と言葉の剣が交わるようなそんな感じがするのです
つまりKiaraさんとの関わりはChama♪にとっての研鑚
剣は時に焼きなまし、磨き、焼きを入れる
これからもよろしくお願いいたします
Oh yeah! ^^
Posted by Chama♪ at 2012年02月23日 22:32
すごいなぁ…ちゃまさんの頭のなか。
気づかされることがたくさんあります。
少しずつ、全部読み進めてまーす(笑)
Posted by ひろみ at 2013年10月18日 19:40
■ ひろみちゃん
ありがとう
おかげさまで自分でも久々読むことができたよ
この頃の俺はやっぱり幼いなぁ ^^;
Posted by 放浪太郎放浪太郎 at 2013年10月19日 07:57
 
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