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2017年05月04日

巡礼記-5


目覚めると、何の氣負いもなく

歩き始める




トットコ、トットコ

だって俺がやることは他に何もない




お金が無きゃ生きてゆけないとか

そんなことより

今日もまた歩けるか

それは今日もまた生きられるか




それしか無かったからね




この頃氣がついたんだよね

俺は、その日泊まれるか

って言う恐怖に囚われていたことに




思い返して見れば

食べ物には困らないと

歩き始めたその日に知っていた

 
 
 
なのに、寝るところは大丈夫

とは思えなかった




思ったことは、知ったことなんだね

それからは、寝る場所も氣にしなくなってきた




そうしたら

寝る場所が現れるようになって来たんだ




それは、お布施を頂けるようになったり

友だちの友だちが泊まってってください

って、連絡くれるようになって来たり




嗚呼、これでもう大丈夫なんだって

そう思ったんだよね




それからは

歩くことだけに、まっすぐになれた




足の痛みは、身体中に伝わっていった

普通なら、これを苦痛に感じるんだろうけど

俺には、只歩けばいいだけじゃんって

そう思えた




そうなると

どう足や身体を労わればいいか

そこに向き合うようになって来た




そこで役立ったのが

地下足袋だったんだよね




普通の靴なら、この苦痛には出逢えていない

地下足袋だからこそ、出逢えたわけで

それは、地下足袋なりに歩くしかない

歩き方を工夫するしかないって

そうなってゆくんだね




身体を労わるってゆうのは

楽に歩かせてあげるということもある

それには普通の靴がいいに決まってる




だけど、地下足袋だからこそ

いい加減には歩けないんだね




一歩一歩を大切に踏まないと

直ぐに身体を痛めてしまうんだ




この感覚は

古民家で厳しい冬を生きるのに似てるんだ




不便で過酷な冬を楽しむ術を

もう知っていたからね




ひとは色んな苦境に出逢う

当たり前のことだね




それを苦しみにするのか

喜びに変えてしまうのか




それはそのひと次第




喜びに変えてしまえるひとは

平穏なんだよね




平穏が起こっているのではなく

平穏に変える力がある

っていう事なんじゃないかな





つづく





  
タグ :巡礼

Posted by 放浪太郎 at 17:35Comments(0)