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2014年09月03日

ちゃま物語り(完結編)


12回に亘り掲載させて頂いたものの完結編です

ご覧くださって、ありがとうございました




ちゃまの日常は、facebook にて日々発信しています

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いつもありがとうございます




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今朝、見た夢がヒントでした

なんとなく書き始めたら、なんだか凄い内容になっちゃいました




ここには、ちゃまがどのように生き、どのように転機を迎え

そして、どのように今在るか、が書かれています




2時間くらいで、一気に書き上げました

悩んで書いたところは、一ヶ所もありません

全てが流れ出すように、書き続けました




政治や経済との関わりから、宇宙(意識)のことまで

幅広く、実話と主観で書いてあります




何編かに別け、毎日掲載してゆくので

よかったら、ごらんください




では。。。

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こんな夢を見ました




ネズミ色のコートのような制服で

襟元にピンク色の小さな四角い旗のようなものがついた服を来ているひとたちが

ふと気づくとたくさん、街中に押し入ってきていた




そのネズミ服は、足早に動き回り

ひとの家にも、勝手に入り込み

自分のたちの意思に従わない者を探し

みつけると、その場で殺していた




市民の中にはネズミ服を恐れ

止むなく従うひとたちもいた




逃げ惑いつかまり

殺されるひともいた




そんなシーンで、目が覚めました

強烈な違和感が、身体中に残っていました




これは今まさに、社会で起ころうとしていることのように思います

ネズミ服こそ着ていないけれど、そんな時代に向かっているのは確かでしょう

まるで、体裁の良いナチスのようです




そこで、考えました

さて、そうなったとき自分はどう生きるかを




そもそも、ひとが洗脳されるとき、支配されるときというのは

そのひとの恐怖が、支配される道を自分自身で選ばせています




外力が働いたにしても、最終的には自分自身が道を決めています

そこが、肝腎だと思うんです




ひとのせいなんて、ひとつも無いんです

全ては、自分が選んでいるだけなんです




では、その恐怖とは何か

それは、死だと思います




生きることへの執着が、死を恐れさせる

そこが、ニンゲンの魂の成長の課題だと思います




生きること自体が、優先されるから

逆に、生き方がおろそかになる




生き方がおろそかになる、ということは

自分自身をおろそかにしている、ということです




単に、生きることより

どう生輝るか、どういうひととして在るか

ではないのかな




つまりそれは、どう死ねるかということと同じです

死ねる覚悟があるほど、生輝られるのだと思います

それが、スピリット(精神)です




死への恐怖から、どう卒業するか

そこが肝腎だと思うんです




死への恐怖というのは、自分だけの死ではありません

親しいひとたちの死とも、向き合うことになります




今、単に生きていて、生輝ていないとすれば

それは、自分がひととして本当に歩みたい道を、歩んでいないということでしょう




その道から、目を背けていたり

目を背け続ける間に、背けていることすら忘れていたり




ちゃまは24年間、立派なビジネスマンでした

もの凄く、頑張りました




で、死にかけました




しかしそれは、ひととしての生き方から目を背け

会社を成長させるということにフォーカスし、歩んだ道です

ひととしての自分の道を歩むことから、目を背けました




中堅社員だったとき、当時の課長にこんな話をしたのを覚えています

この仕事は、ひとの利便性には役立つけれど

地球破壊を推進していることに、とても違和感がある

こんな仕事はするべきではないと最近感じる、と




課長からは「お前は考え過ぎだ」と云われました

「もっと現実的に、モノゴトを考えろ」とも云われました




そうかなぁ、と思い

結局がむしゃらに仕事を続けました、24年間




そして結果的には、まぁまぁ出世しました

部長時代には、100人の部下を抱え

グローバルに見ると、10,000人ほどの従業員が関わる或る製品の、品質の責任を見る(とる)立場にありました




ビジネスマンとしての晩年

うちの部の方針は、ずっと変えませんでした

その方針は「自立と進化」でした




このスローガンの元に

個々の経営改善の具体的な施策と、その個々の効果から算出した予算を立て

その達成を、コミットメントするのです




なぜ、このスローガンに拘ったか

それは、ひとりひとりが、ひとりひとりの意思で立ち

予算達成という目的に対し、活き活きと邁進できる組織になって欲しかったからです

進化は、その結果必然的に現れるものだと思っていました




そして、更にその裏支えとして自分の中にあったものは

ひとりひとりが、自立に向け成長してゆく過程で

自分の中に喜びを見つけられるような、そんなひとになって欲しいと思っていました

とても過酷な業務だったので、それを願っていました




自分自身、24年間のビジネスマン時代に

もの凄く多くの試練を、受けてきました

本当に考えられないようなことが、ビジネスの戦場では起こっています

常にその最前線で、自ら突撃し戦ってきました




そこからの学びが、深くないわけがありません

そして、過労で命を落としかけました

自分の命と、真っ正面から向き合いました




ちゃまが倒れる4ヶ月前に、母は亡くなりました

69歳でした




父は更に、その数年前に亡くなっていました

戦争を経験し、16歳のときに長崎の原爆で家族をなくし

食べるものも食べられず、栄養失調になりながら

夜間大学を卒業し、会社へ就職




ちゃまが生まれる少し前に、5人の仲間と独立し会社を立ち上げ

最初から最後まで専務取締役として、仕事一筋

昭和一桁九州男児を、絵に書いたようなひとでした

昭和3年生まれ、77歳で亡くなりました




そんな父母の命(死)を身近に感じ、自分の命(死)を身近に感じたひと月後に福島の震災が起こり

更に多くのひとの命(死)を身近に感じ、心と身体の全てが痛くてたまりませんでした




そして決意したのです

自分のひととしての道を生きようと

会社を辞めようと




会社を辞めるのには、心が痛みました

残してゆく仲間たち

自分が叱咤激励してここまで一緒に戦った仲間たちを残してゆくことは、大きな悩みであり痛みでした

また、会社から逃げるように思われるだろうことが、とても嫌でした




負けることが、大嫌いだったのです

ひとにも、自分にも

だからこそ、そこまでやって来られたのは事実です




そんな自分の意識が、実は自分自身を一番苦しめていたことに

自らの命(死)を身近に経験して、やっと気づけたのです




いや、本当は前から気づいていたのです

でも、そこから目を背けていたのです




そしてやっと、多くの命を経験してやっと

そんな頑張らないといられない自分を、赦してあげる勇気を持てたのです




24年間のビジネスマンとしての経験は、佳き修行でした

修行する必要があったから、自分でその道を選んで入っていったのでしょう

そしてそのおかげで、今があります




多くのひとを傷つけました

多くのひとを傷つけ、やっと気づくことができました

自分の弱さに




自分は強いと思っていました

それは、戦いの世界では強い存在でしたが

ひととしては、弱かったと思います




ひとの強さとは、調和力です

調和力は、ひととしての自立から生まれる結果的な力

ひとの根源的エネルギー、大きな大きな力です




調和力は、癒し力と云ってもよいでしょう

ふたつのヒーリング(日本式霊気療法と龍氣ヒーリング)ティーチャーになったことをきっかけに

これらのことを急速に悟ってゆきました




ぼんやり感じていたものが、はっきりと見えるようになりました

それは、宇宙に対する理解から始まりました

そしてそれをなし得たのは、24年間の苦悩のビジネスマン時代の修行があったからだと思います




24歳までは長崎で、海、山、川

自然にたくさん触れて、育ちました




そこで、自然に対する畏敬の念を自ずともつようになっていました

この24歳までと、その後のビジネスマンとしての24年間の各々が

右脳と左脳を上手に、且つ激しく刺激してくれました




そしてやっと今、右脳と左脳が調和できる状態のニンゲンになりました

そうしたら、周りの調和のお役にたてるようにもなっていました




決して、神秘的にモノゴトを動かしているのではありません

ニンゲンとして生きてきた今が、ただここに在るのです




その中で自然から、宇宙(物理学)から学んだこと

それは必然的に、神道や仏門へと繋がってゆくのですが

学びの過程で、そういう大いなる意識(摂理)にたどり着いた感じがします




そんな中で、それら神秘的なものの意味を、身体で知るようになりました

この領域は、左脳で理解するもの、理解できるものではないのです




左脳肥大だったビジネスマン時代には、見えなかったものですが

でも、長崎で自然と共に育った24年間、自然が鍛えてくれた右脳が

いい加減そんな生き方はやめなよって、教えてくれたように思っています




さて、話は冒頭に戻りますが

ネズミ服がおし寄せて来たとき

「そうなったとき、自分はどう生きるか」




生への執着、つまりそれは死への恐れ

という話から、ここまで来ました




そうなったとき、ちゃまは「潔い死を」選びます

どう生きるか? という問いは

どう死ぬか? という問いと、同じ答えを導いてくれます




絶対に、争いません

ひとと、戦いません

どんな目的が先にあれど、ひととの戦いは戦争と同じです




だからと云って、すぐに死ぬわけではないですよ

調和に向けた行動を、懸命にとると思います

それは、自分との戦いになるかも知れません

そのような中で、今というときを感じたら、今回の命を終えましょう




宇宙(意識)を知ることや、繰り返される魂を知ることは

死の意味を知る、ことと同じです




死は怖いものでは無いことを知れば、自ずと

自分の中に流れ込むエネルギーが、どれだけおおらかな光に満ちたものであるかを知ることになるでしょう




ひとりひとりが、佳き道を

明るく、生輝られますように




自分自身が、その道を歩み

また、ひととの関わりの中で

お役にたてたらいいな、って思っています




あ、そうでした

今、思い出しました

もうひとつ、別の視点からのお話を続けます




ちゃまは、テレビも新聞も全く見ませんが

昨日たまたま、夕飯は外食することになり

たまたま座った席のところに、新聞があり

普段はそれでも新聞を手にとることも嫌なんですが

昨日は何故か、見てみようかなって思い

1ページ開いたところに、以前ちゃまが勤めていた会社の事件が載っていました




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中国 日本企業のカルテル認定
10社に罰金200億円(自動車部品)
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という見出しです

更に記事の中には、その会社らしい滑稽な立ち振る舞いが書かれていました

ここではその内容は割愛しますが、ここでちゃまが感じたことがあります




ひとつは、会社を辞めてよかったということですが

もうひとつ




実際にカルテルは、多くの企業間で行なわれていると思います

そしてその実態は、もっと前から把握されているはずです




今回、このタイミングで中国がこれを表にしたのは、戦略だと思います

これは、経済という体裁の良い言葉の中で起きている戦争のように感じました




そんな戦争をしている中に、居なくてよかったと思ったわけです

戦争をするひとでなくて良かった、と思ったわけです




地球というひとつの惑星に住む同じ人間同士が、争いを始める動機は

区別すること、から始まっています




例えば、国を別ける

国を別けるから、必然的に戦争が起こる




例えば、宗教を別ける

宗教を別けるから、必然的に宗教戦争が起こる




全て、必然だと思うのです

ですから、その状況下に於いて戦争やめようと云っても

そう簡単には終わらないとも思うんです




ジョンレノンはイマジンの中で歌っています

imagine there's no countries

it isn't hard to do

nothing to kill or die for

and no religion too

imagine all the people

living life in peace




国の別け隔てのない状況を想像してごらん

それって簡単なことでしょ

殺したり死んだりする理由もなく

そこには宗教の別け隔てもなくて

全てのひとが平和の中で暮らしているのを想像してごらん




なんて、清らかなんだろうと思います

この歌が最初にシングルカットされたのは、1971年

今から、43年も前

ちゃまがまだ、小学校に入ったばかりの頃です




そんな昔に、ジョンはもう

この世界が見えていたのだと思います




彼が凶弾に倒れたとき、どのような想いであったでしょうか

知る由もありませんが、意外とと穏やかだったかも知れません

怒りは持っていなかったように思います

なんとなく、ですけどね




死に方、生き方

そんなことを考えてみる、きっかけになったなら幸いです




ひとりひとりが調和に生きることが、平和な社会を築きます

政治が平和をつくる、のではないのです




政治が動かすのは、結局は国民です

ネズミ服を着たひとたちも、元は只の国民であったはずです

悪いひとではないのです




政治に利用される自分こそが、平和か戦争かを導いてゆきます

利用するひとがいない政治は、無力です




政治を恐れるのは、本末転倒

全ては、ひとりひとりが創りあげている物語りです




政治は、企業という媒体を使って、ひとを支配してゆきます

モノとカネを巧みに利用して、ひとの恐れをコントロールし

洗脳し、支配します




ちゃまが居たような大企業ほど、そこに近い位置に在ります

中小企業は、コントロールし難いですから排除の方向に向かいます




体裁の良いことを述べ、あらゆる国家施策を打っていますが

中小企業が苦しんでゆく結果を見れば、その裏にある意図は明らかでしょう




これからは、ひとりひとりが

自然と共に、地球と共に、宇宙と共に生きてゆく時代です

その選択がまさに今、訪れています




状況の2極化が、急激に起こっています

チャンスとピンチが、同時に起こっています




これが宇宙の法則、陰陽のバランスです

宇宙は常に調和を求めていますから、そうなるのは必然です




調和とは、安定ではありません

変化を意味しています




宇宙は、137億年前のビックバン以来

今尚、膨張していると観測されています

変化そこが、調和です




モノゴトは、その断面の是非で判断するものではありません

善し悪しではないと思うのです




全てのモノゴトには因果(原因と結果という流れ)があります

その流れを観察し、自分の今とる道を選ぶことが赦されています




今の政治もまた、流れの中で生まれた結果です

敗戦から必死で復興をとげた日本という国の民は、素晴らしい魂だったと思います




只、どこかで道を踏み外したようにも思います

木を見て、森を観ず




ひとは物質という、目に見えるものに惑わされ易い性質を持っています

物質、目に見えるものだけが真実ではない、ということを知りたいと思います




変わり続ける宇宙の調和を担う、ひとつの存在として

あなたは、どのような変化をしたいですか

あなたは、どのような未来を生きたいですか

あなたは、子どもたちにどのような未来を残してあげたいですか




最後までおつきあいくださり、ありがとうございました

感謝、合掌




a i e i a

One Love












〜〜〜 ちゃまの今後の予定 〜〜〜

9/2 LIVE @freebar-d(甲府、東京より来る風の旅人・良太と)

9/3 日本式霊氣療法伝授 @ちゃまさんち

9/9 舞と音霊演奏 @一等席/ 塩山(出雲より来る高須賀千江子と)

9/10 ヒーリングセッション来客 @ちゃまさんち

9/13 LIVE @茨城

9/14 栃木(寺山観音寺にて音霊演奏)

9/15 LIVE @茨城

9/17 LIVE @千葉

9/20-21 群馬遊民谷 LIVE

11/M 写真展(大阪)そして旅

12/13-14 撮影


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Posted by 放浪太郎 at 06:19Comments(0)